点検業務の仕様書で「橋梁診断員」という言葉を見て、該当する資格を探した経験のある方は少なくないと思います。探しても見つかりません。要領の側が「資格制度が確立しているわけではない」と書いているからです。
橋梁診断員は資格の名前ではなく、要領が定めた役割の名前です。そして要領は、その役割の範囲を意外なほど具体的に線引きしています。診断は最終判断ではないこと、道路管理者は判定の独立性を尊重する必要があること、外観性状の記録は別の担い手でよいこと。いずれも本文に明記されています。
この記事では、橋梁定期点検要領(平成31年3月・国土交通省 道路局 国道・技術課)の本文と付録の原文で、橋梁診断員という役割の定義・権限・責任の範囲を整理します。
- 橋梁診断員は要領が定義した役割であり、要領は「資格制度が確立しているわけではない」と明記している
- 担当するのは状態の把握・所見の提示・対策区分の判定・健全性の診断、および記録の方法の計画と確認
- その判定は一次的な評価としての所見で、措置の意思決定は道路管理者が行う
- 道路管理者には判定の独立性を尊重する必要があると定められている
- 損傷程度の評価などの外観性状の記録は、橋梁診断員が行うことが効率的とは限らないと要領が書いている
- 近接目視によらない方法を使ったときは、部材部位・判断理由・機器の性能と誤差・使用条件を記録に残す
- 令和元年の改定で、様式(その1)の作成者欄に橋梁診断員の所属・氏名が追加された
橋梁診断員は資格ではなく役割
要領の4.2「定期点検体制」は、次のように定めています。
「(1) 定期点検のうち,対策区分の判定及び健全性の診断や関連する所見の提示,及び,このために必要な状態の把握は,これらの一連を適正に行うために必要な,橋梁に関する知識及び技能を有する者(以下,本要領では,橋梁診断員という)が行わなければならない。」
「以下、本要領では」という書き方が、この語の性格を示しています。要領の中でだけ使われる呼び名であって、外部の資格制度を参照しているわけではありません。解説はさらに踏み込んでいます。
「橋梁診断員は,資格制度が確立しているわけではないものの,健全性の診断の品質を確保するためには,道路橋やその維持管理等に関する必要な知識や経験,道路橋に関する相応の資格等,定期点検に関する技能を有したものが従事することが重要である。」
求められているのは4つ、すなわち知識・経験・相応の資格等・技能です。「相応の資格等」に何が当たるかは要領に列挙がありません。実務では発注者が仕様書で要件を定めるため、橋梁点検に必要な資格は業務ごとに確認する必要があります。
この一文は、誰でもよいという意味ではありません。直後に「知識や経験,道路橋に関する相応の資格等,定期点検に関する技能を有したものが従事することが重要である」と続いており、要件そのものは示されています。示されていないのは、その要件を満たすことを証明する単一の免許です。したがって「この資格を持っているから橋梁診断員である」という言い方は要領上は成り立たず、発注者が定める要件に照らして判断することになります。
担当する範囲は要領の1〜8に対応している
解説は、橋梁診断員が担う行為を要領の章立てに対応させて書いています。
「この要領では,定期点検における一連の行為である現地における近接目視,触診や打音による状態の把握,並びに診断所見の提示,対策区分の判定,及び健全性の診断(本要領1~7)を遂行する知識と技能を有し,これらを遂行し,また,本要領8の記録の方法を計画し,かつその確認を行う者を「橋梁診断員」という。」
| 行為 | 要領の該当 | 関連記事 |
|---|---|---|
| 近接目視・触診・打音による状態の把握 | 5. | 近接目視とは |
| 対策区分の判定 | 6. | 対策区分の一覧 |
| 健全性の診断 | 7. | 判定区分Ⅰ〜Ⅳ |
| 記録の方法の計画と確認 | 8. | 点検調書の構成と書き方 |
記録の項目に注意が必要です。橋梁診断員に求められているのは記録の方法を計画し、その確認を行うことであって、記録そのものの作成ではありません。ここが次の節で見る役割分担につながります。
また、要領の5.の本文にも橋梁診断員が登場します。「(1) 橋梁診断員は,対象橋梁毎に対策区分の判定や健全性の診断にあたって必要な情報が得られるよう,部位,部材に応じて,適切な項目(損傷の種類)に対して状態の把握を実施しなければならない。」。どの損傷種類を見るかの標準は表-5.1.1に示されていますが、橋ごとに必要な情報を判断するのは橋梁診断員です。
診断は最終判断ではない
要領の中で、橋梁診断員の権限をもっとも明確に限定しているのが次の段落です。
「橋梁診断員が行う対策区分の判定や健全性の診断は,道路管理者による最終判断ではなく,あくまでも橋梁診断員が得た情報から行う一次的な評価としての所見である。対策区分の判定や健全性の診断に関する最終判断,すなわち措置の意思決定は,別途,道路管理者が行わなければならない。」
点検の結果として出てくる健全性Ⅰ〜Ⅳは、それ自体が処分や決定ではありません。健全性Ⅳで通行止めになる場面でも、通行止めを決めるのは道路管理者です。
そのうえで、要領は道路管理者の側にも制約を課しています。
「このとき,道路管理者は,橋梁診断員の判定の独立性を尊重する必要があるとともに,状態に応じて詳細調査を実施したり,別途専門的知識を有する有識者の助言を得て措置の意思決定を行う必要がある場合もある。」
判断が食い違ったときに要領が挙げている手段は、詳細調査と有識者の助言の2つです。診断結果そのものを書き換えることは、手段として挙げられていません。この構造は道路の管理の瑕疵を考えるうえでも意味を持ちます。判定を出す側と、措置を決める側が分かれているためです。
対策区分の判定については、6.の解説にも橋梁診断員の位置づけが書かれています。「対策区分の判定は,前述のとおり,部材に近接目視し,必要に応じて打音,触診した上で,変状原因や将来予測,橋全体の耐荷性能等へ与える影響,当該部位,部材周辺の部位,部材の現状,必要に応じて同環境と見なせる周辺の橋梁の状況等をも考慮し,今後管理者が執るべき措置を助言する総合的な評価であり,橋梁診断員の技術的判断が加えられたものである。」
「助言する総合的な評価」という言い方に、この役割の性格が集約されています。同じ解説は続けて、判定を画一的に行えないことも述べています。「ただし,橋の置かれる環境は様々であり,その橋に生じる損傷も様々であることから,画一的な判定を行うことはできない。このため,いわゆるマニュアルのような定型的な参考資料の提示は不可能である。」
記録を行う者とは役割が分かれている
要領は、外観性状の記録を橋梁診断員の仕事として扱っていません。
「これらの外観性状の記録については,橋梁診断員が従事することが効率的であるとは限らない一方で,客観性が確保でき,定期点検間での橋の状態の変化ができるだけ客観的に把握するために必要な知識と技能を有したものが従事する必要がある。」
さらに、両者の関係を明示的に定めています。
「複数の視点・目的から橋の状態の把握を行うことで定期点検の品質の向上が図られると考えられること,適材適所による支援技術の活用や調達の観点から,現状では,橋梁診断員と損傷程度の評価等の外観性状の記録を行う者は,効率的に所要の品質が得られる定期点検が実施されるように適宜協力する一方で,それぞれ独立して状態を把握し,それぞれの目的を達するような体制となるようにする。」
協力はするが、独立して状態を把握する体制にする、と書かれています。記録側が診断側の判定に引きずられないようにするための書き方だと読めます。損傷程度の評価(a〜e)は次回点検との比較のための客観的な指標で、その客観性は判定とは別の経路で担保する必要がある、という整理です。要領が「適材適所による支援技術の活用や調達の観点から」と明記していることも重要で、点検支援技術を記録側に充てる余地が、要領の側で用意されていることになります。
4.2の(2)は、記録以外の作業についても同じ考え方を示しています。「この他にこの定期点検要領が求める損傷程度の評価等の変状の記録,この他定期点検を適正に行うために必要とされる作業や安全管理などについても,それぞれの記録,作業,安全管理等に適正な能力を有するものが行わねばならない。」。安全管理も含めて、能力に応じた分担が前提です。ロープ高所作業や酸素欠乏危険作業のように、法令上の資格が別途要る作業はここに含まれます。
近接目視によらないときに残すもの
記録様式(その7)の記入方法に、橋梁診断員の判断で近接目視によらない方法を使った場合の規定があります。
「エ)これら以外に,橋梁診断員の判断で近接目視によらず状態の把握を行った部材部位については,その部材部位を明らかにし,その部材部位毎に判断の理由や根拠に関する所見を記録に残すこと。また,その部材部位毎に使用する機器等の性能や誤差程度,性能を発揮する使用条件を明らかにし,また,実際に使用した時の条件も明らかにするなど,機器等で得た結果の解釈にあたって必要な情報を適切に残す。」
| 残すもの | 内容 |
|---|---|
| 対象 | 近接目視によらず状態の把握を行った部材部位を特定する |
| 理由 | その部材部位ごとに、判断の理由や根拠に関する所見 |
| 機器の性能 | 使用する機器等の性能、誤差程度、性能を発揮する使用条件 |
| 実際の条件 | 実際に使用した時の条件 |
カタログ上の性能だけでなく、実際に使用した時の条件まで求められている点が実務上は重い規定です。点検支援技術性能カタログに載っている数値をそのまま書き写しても、この規定は満たしません。ドローンと近接目視の関係やLiDAR・点群データの活用を検討するときに、記録の負荷まで含めて考える必要があるのはこのためです。
あわせて、要領の5.の解説には状態の把握そのものについても「損傷や変状の種類によっては,表面からの目視によるだけでは検出できない可能性があるものもある。近接目視で把握できる範囲の情報では不足するとき,触診や打音検査等も含めた非破壊検査等を行い,必要な情報を補うのがよい。」とあります。見えなかった箇所の記録と合わせて、何が見えて何が見えなかったかを残す設計になっています。
所見に求められているのは事実の記述ではない
付録-1「対策区分判定要領」の1.3は、所見の書き方をこう定めています。
「所見は,損傷状況について,部材区分単位で損傷種類ごとに橋梁診断員の見解を記述するものである。当該橋やその損傷等に対して,定期点検結果の妥当性の評価や,最終的にどのような措置を行うこととするのかなどの判断や意思決定は,定期点検結果以外の様々な情報も考慮して道路管理者が行うこととなる。そのため,単に対策区分の判定結果や損傷の外観的特徴などの客観的事実を記述するだけではなく,可能なものについて推定される損傷の原因,損傷位置,状態や推定される原因から判断される現状の橋の安全性,損傷の進行性,他の損傷との関わりなどの損傷に関する各種の判定とその根拠や考え方など,道路管理者が対応方針を判断するために必要となる事項について,橋梁診断員の意見を記述する。」
所見に書くべきものとして名指しされているのは次の6つです。
- 推定される損傷の原因
- 損傷位置
- 状態や推定される原因から判断される現状の橋の安全性
- 損傷の進行性
- 他の損傷との関わり
- 各種の判定とその根拠や考え方
「他の損傷との関わり」が入っているのは、要領が1つの変状を複数の損傷種類で扱う場面を多く持っているためです。遊間の異常と沈下・移動・傾斜のように、相互に参照し合う損傷では、評価区分の欄だけを見ても関係が伝わりません。
「推定される損傷の原因」については、原因が不明でも判定を止めない規定が本文の6.5にあります。「しかし,高欄のボルトのゆるみのように原因が不明であっても,容易に補修や改善の対応が可能であり,直ちに対処することが望ましいと考えられるものについては,例えばMに判定するなど,必ずしも詳細調査が必要とはならない場合も考えられる」。ゆるみ・脱落がこの例外の代表例として挙げられています。
様式に所属と氏名が載るようになった
記録様式の解説には、令和元年の改定内容が書かれています。
「本様式には,道路橋毎の健全性の診断結果(Ⅰ~Ⅳ)も記載する。今回の改定では,健全性の診断結果(Ⅰ~Ⅳ)及び所見を記載した橋梁診断員の所属,氏名を作成者欄に追加した。」
定期点検記録様式(その1)「橋梁の諸元と総合検査結果」には、総合検査結果欄(400字程度以内)に橋全体としての状態や対策方針の所見を書きます。その所見と診断結果に、誰が出したものかが紐づくようになりました。
橋の健全性の診断に関する所見は様式(その6)に書きます。解説は「本様式は,定期点検記録様式(その1)に記載する総合診断結果の根拠となる,または,橋の維持管理について検討する上で着目しておくべき部材や損傷について整理し,橋の健全性の診断に関する橋梁診断員の所見を記載するものである。」とし、作成の基本を「径間毎に作成することを基本とし,また,対策区分の判定がC1以上の部材や損傷を網羅するように作成することを基本とする。」と定めています。
診断結果と所見が氏名つきで残り、それが全国道路施設点検データベースを通じて蓄積されていく構造です。道路橋記録様式(令和6年3月)への登録も同じ流れの中にあります。
なお、ここで引用したのは橋梁定期点検要領(平成31年3月)です。国土交通省が地方公共団体向けに示している道路橋定期点検要領(令和6年3月改定)とは位置づけが異なります。2つの要領の違いを踏まえ、実際の業務では各道路管理者が採用している要領の版と、発注仕様書に定められた技術者要件を確認してください。
よくある質問
橋梁診断員になるには、どの資格が必要ですか。
特定の資格は定められていません。要領は「橋梁診断員は,資格制度が確立しているわけではないものの,健全性の診断の品質を確保するためには,道路橋やその維持管理等に関する必要な知識や経験,道路橋に関する相応の資格等,定期点検に関する技能を有したものが従事することが重要である。」としています。要領が求めているのは知識・経験・相応の資格・技能であって、単一の免許ではありません。実際にどの資格を要件とするかは発注者が定めるため、業務ごとに発注仕様書の確認が必要です。
橋梁診断員が下した健全性の診断は、そのまま確定するのですか。
確定しません。要領は「橋梁診断員が行う対策区分の判定や健全性の診断は,道路管理者による最終判断ではなく,あくまでも橋梁診断員が得た情報から行う一次的な評価としての所見である。対策区分の判定や健全性の診断に関する最終判断,すなわち措置の意思決定は,別途,道路管理者が行わなければならない。」と定めています。診断は一次的な評価で、措置の意思決定は道路管理者の側にあります。
道路管理者は、診断結果を自由に書き換えてよいのですか。
要領は独立性の尊重を求めています。「このとき,道路管理者は,橋梁診断員の判定の独立性を尊重する必要があるとともに,状態に応じて詳細調査を実施したり,別途専門的知識を有する有識者の助言を得て措置の意思決定を行う必要がある場合もある。」とされています。判断が分かれるときの手段として挙げられているのは、書き換えではなく詳細調査と有識者の助言です。
損傷程度の評価も橋梁診断員が行うのですか。
要領は分けて考えています。外観性状の記録について「これらの外観性状の記録については,橋梁診断員が従事することが効率的であるとは限らない一方で,客観性が確保でき,定期点検間での橋の状態の変化ができるだけ客観的に把握するために必要な知識と技能を有したものが従事する必要がある。」とし、さらに「橋梁診断員と損傷程度の評価等の外観性状の記録を行う者は,効率的に所要の品質が得られる定期点検が実施されるように適宜協力する一方で,それぞれ独立して状態を把握し,それぞれの目的を達するような体制となるようにする。」と定めています。同じ人が両方を行うことを前提にしていません。
近接目視によらない方法で状態を把握したとき、記録に何を残せばよいですか。
要領は記録様式(その7)の記入方法で、橋梁診断員の判断で近接目視によらず状態の把握を行った部材部位について「その部材部位を明らかにし,その部材部位毎に判断の理由や根拠に関する所見を記録に残すこと。また,その部材部位毎に使用する機器等の性能や誤差程度,性能を発揮する使用条件を明らかにし,また,実際に使用した時の条件も明らかにするなど,機器等で得た結果の解釈にあたって必要な情報を適切に残す。」と定めています。部材部位・判断理由・機器の性能と誤差・使用条件の4点が求められています。
所見には何を書けばよいですか。対策区分の判定結果だけでは足りませんか。
足りません。付録は「単に対策区分の判定結果や損傷の外観的特徴などの客観的事実を記述するだけではなく,可能なものについて推定される損傷の原因,損傷位置,状態や推定される原因から判断される現状の橋の安全性,損傷の進行性,他の損傷との関わりなどの損傷に関する各種の判定とその根拠や考え方など,道路管理者が対応方針を判断するために必要となる事項について,橋梁診断員の意見を記述する。」としています。所見は事実の記述ではなく、道路管理者が意思決定するための材料です。