橋脚が沈んでいるかどうかを、現地で直接測ることはほとんどありません。河川の中に立つ橋脚、高い盛土に埋もれた橋台、交差点の直下にあるフーチング——下部構造は、定期点検でいちばん近づきにくい場所です。それでも要領には㉕沈下・移動・傾斜という損傷種類が置かれていて、点検調書にはaかeのどちらかを書くことになります。
この損傷が扱いにくいのは、程度の目盛りが用意されていないことと、ほとんどの場合、別の損傷の姿をして先に現れることの2点です。この記事では「橋梁定期点検要領」(平成31年3月)の付録-1・付録-2の原文で、㉕の定義・評価区分・他の損傷との関係・対策区分の分かれ方を確認し、点検調書と損傷図にどう残すかまでを整理します。
- ㉕の対象は下部構造だけでなく支承も含む(「下部構造又は支承が沈下,移動又は傾斜している状態」)
- 評価はaとeの2区分だけ。b・c・dは「-」で、定性的に行うことが基本とされている
- 遊間の異常・伸縮装置の段差・支承部の機能障害を伴う場合はそれらの損傷としても扱う=二重に記録する
- ⑬遊間の異常の原因の例に「下部構造の沈下・移動・傾斜」が挙がっている=橋面の異常が下部工のサイン
- 目視で確認できないが位置関係から予想される場合はS1・S2(詳細調査)が想定されている
㉕沈下・移動・傾斜の定義
付録-1の㉕は、【一般的性状・損傷の特徴】を1文で定義しています。
「下部構造又は支承が沈下,移動又は傾斜している状態をいう。」
短い定義ですが、読むべき点が2つあります。
1つめは対象に支承が入っていることです。㉕は下部構造だけの損傷ではありません。支承が沈下・移動・傾斜していれば、それも㉕に当たります。支承部の機能障害という別の損傷種類(⑯)があるため、支承の異常はそちらだけで処理されがちですが、条文の並びはそうなっていません。
2つめは動きの向きを3つ並べていることです。沈下(下がる)、移動(水平にずれる)、傾斜(傾く)。この3つを1つの損傷種類にまとめているので、点検調書の上ではどれが起きていても同じ㉕として記録されます。どの動きだったのかは、評価区分ではなく損傷図の側に書き分けることになります。
㉕は、要領の分類上「共通の損傷」の一群に置かれています。橋梁の損傷26種類の全体像のなかで、㉑異常な音・振動や㉒異常なたわみと同じ並びにある損傷です。現象で記録する2つの損傷と同様、部材の傷ではなく状態を記録するタイプだと押さえておくと、以降の規定が読みやすくなります。
評価はaとeの2区分しかない
付録-2に移ります。㉕の【損傷程度の評価と記録】は、まず評価の性格を書いています。
「損傷程度の評価区分は,下表の一般的状況を参考にして定性的に行うことを基本とする。」
そして表の中身がこれです。
| 区分 | 一般的状況(付録-2) |
|---|---|
| a | 損傷なし |
| b | - |
| c | - |
| d | - |
| e | 支点(支承)又は下部構造が,沈下・移動・傾斜している。 |
b・c・dが「-」=使わないという構造です。損傷程度の評価a〜eは5段階が基本ですが、損傷種類によっては段階が用意されていないものがあり、㉕もその1つです。
実務上の意味は明確です。「少し沈んでいる」を表す欄がありません。沈下・移動・傾斜が認められればe、認められなければa。中間の評価で逃げることができない代わりに、判断は「あるか・ないか」に単純化されています。
そのぶん、程度の情報は評価区分の外に置くことになります。付録-2の㉕は(2)その他の記録として「沈下・移動・傾斜の発生位置やその範囲・状況をスケッチや写真で記録するとともに,代表的な損傷の主要寸法を損傷図に記載するものとする。」としています。何ミリ下がっているのかは損傷図(その5)に書く、という整理です。
別の損傷として先に現れる
㉕の【他の損傷との関係】は1項目だけですが、実務ではここがいちばん効きます。
「遊間の異常や伸縮装置の段差,支承部の機能障害などの損傷を伴う場合には,別途,それらの損傷としても扱う。」
「別途、それらの損傷としても扱う」=㉕として記録したうえで、⑬遊間の異常や⑯支承部の機能障害としても記録するという二重記録の指示です。どちらか一方に寄せる書き方は、要領の想定ではありません。
そして逆方向の関係も書かれています。付録-1の⑬遊間の異常は【所見を記載する上での参考】で、損傷箇所「伸縮装置」の代表的な損傷原因の例として「下部構造の沈下・移動・傾斜」を挙げ、懸念される構造物への影響の例を「上部構造への拘束力の作用」としています。⑭路面の凹凸でも、伸縮装置の損傷原因の例として「支承の沈下,セットボルトの破損によるうき上がり」が挙がっています。
つまり要領の中では、橋面で見つかる異常と下部構造の変位が、原因と結果として結ばれています。
| 橋面で気づくこと | 要領上の損傷種類 | ㉕との関係 |
|---|---|---|
| 桁と桁、桁と橋台の遊間が異常に広い/接触している | ⑬ 遊間の異常 | 原因の例に「下部構造の沈下・移動・傾斜」 |
| 伸縮装置部の鉛直方向の段差 | ⑭ 路面の凹凸(⑬の関係規定で明示) | 原因の例に「支承の沈下」 |
| 支承の異常な変形、移動状態の偏り | ⑯ 支承部の機能障害 | ㉕と併せて記録する |
⑬の【他の損傷との関係】には「伸縮装置部の段差(鉛直方向の異常)については,「路面の凹凸」として扱う。」という振り分けも書かれています。同じ伸縮装置まわりの異常でも、水平方向の遊間は⑬、鉛直方向の段差は⑭という分け方です。
点検の順序で言えば、近接目視で桁下に入る前に、橋面を歩いた段階で㉕の可能性は拾えます。下部構造に近づけないことと、下部構造の異常に気づけないことは別だ、というのがこの節の要点です。
対策区分は「誰への危険か」で分かれる
付録-1の㉕は、対策区分ごとに判断の例を挙げています。原文の順に見ます。
判定区分E1(橋梁構造の安全性の観点から、緊急対応が必要な損傷)については、「下部構造が大きく沈下・移動・傾斜しており,構造安全性を著しく損なう状況などにおいては,緊急対応が妥当と判断できる場合がある。」
判定区分E2(その他、緊急対応が必要な損傷)については、「下部構造の沈下に伴う伸縮装置での段差により,自転車やオートバイが転倒するなど道路利用者等へ障害を及ぼす懸念がある状況などにおいては,緊急対応が妥当と判断できる場合がある。」
判定区分S1、S2(詳細調査又は追跡調査が必要な損傷)については、「他部材との相対的な位置関係から下部構造が沈下・移動・傾斜していると予想されるものの,目視でこれを確認できない状況などにおいては,詳細調査を実施することが妥当と判断できる場合がある。」
3つを並べると、判断軸がはっきりします。E1は橋そのものの安全性、E2は道路利用者への危険、S1・S2は「予想されるが確認できない」状態です。対策区分の考え方そのものは全損傷に共通ですが、㉕ではE2の例として自転車やオートバイの転倒という具体が挙げられている点が特徴的です。同じ表現は⑬遊間の異常と⑭路面の凹凸のE2にも出てきます。
S1・S2の例文も読み落とせません。「予想されるものの,目視でこれを確認できない」という状態を、健全側に丸めずに詳細調査へ送るのが要領の想定です。詳細調査(S1・S2)の発注は、点検の成果として当然に出てくるものだという前提で工程を組んでおく必要があります。
原因の例に何が挙がっているか
㉕の【所見を記載する上での参考】は、損傷箇所を「支承,下部構造」とし、代表的な損傷原因の例を7つ挙げています。
- 路面の不陸による衝撃力の作用
- 側方流動
- 流水による洗掘
- 地盤の圧密沈下
- 盛りこぼし橋台の盛土の変状
- 盛りこぼし橋台の盛土擁壁等の移動・傾斜
- 盛りこぼし橋台基礎の支持力の低下
懸念される構造物への影響の例は「沈下,移動,傾斜による他の部材への拘束力の発生」です。
この並びで目を引くのは、7つのうち3つが盛りこぼし橋台に関するものだという点です。盛土の変状、盛土擁壁等の移動・傾斜、基礎の支持力の低下。橋そのものではなく橋台の背面にある土が原因側として名指しされています。道路土工構造物点検要領の対象と橋の点検の対象は制度上は別々ですが、㉕を通じて現場では地続きになっています。
「流水による洗掘」も原因の例に入っていますが、洗掘そのものは㉖という別の損傷種類です。基礎周辺の土砂が流水で洗い流されている状態が㉖で、その結果として下部構造が沈下・傾斜すれば㉕になる、という関係です。水中部の見方については橋脚の洗掘は誰が水中を見るのかで扱っています。
「路面の不陸による衝撃力の作用」も、原因と結果が循環していることを示しています。段差があると衝撃が増え、衝撃が増えると支承や下部構造が傷み、その結果また段差が出る。㉕を見つけたときに、橋面の段差を「舗装の問題」として別枠に置かないほうがよい理由がここにあります。
損傷図と写真にどう残すか
付録-2の㉕(2)その他の記録は、次の1文です。
「沈下・移動・傾斜の発生位置やその範囲・状況をスケッチや写真で記録するとともに,代表的な損傷の主要寸法を損傷図に記載するものとする。」
求められているのは3つです。発生位置、範囲・状況、そして代表的な損傷の主要寸法。評価区分がaとeの2択しかないぶん、実質的な情報はすべてこちら側に載ります。
写真の撮り方には工夫が要ります。沈下や傾斜は、その部材だけを寄って撮っても写りません。基準になるものと一緒に写す——隣の橋脚、路面のライン、伸縮装置の遊間——という考え方になります。写真台帳に並べたときに、次の点検者が同じ位置から撮り直せるかどうかが判断の分かれ目です。
寸法の残し方も同じです。㉕は次回との比較で初めて意味を持つ損傷です。今回eと判定した根拠の寸法が損傷図に残っていなければ、5年後の点検で「進行しているか」を判断できません。点検調書の作成では、評価区分の欄よりも、この寸法とスケッチのほうが後年の価値が高いことになります。
過去の記録を引き当てられる状態にしておくことも前提です。橋梁台帳と過去の点検調書がひもづいていないと、比較そのものが始まりません。
点検計画と発注への効き方
ここまでを計画側に落とすと、3つになります。
1つめは橋面の点検を軽く扱わないことです。㉕の手がかりは⑬遊間の異常と⑭路面の凹凸として橋面に出ます。桁下の近接目視に人と時間を寄せた結果、橋面を通り過ぎるだけになっていないかを、計画の段階で見ておく価値があります。
2つめは詳細調査の枠をあらかじめ見込むことです。S1・S2の例文が「目視でこれを確認できない状況」を名指ししている以上、㉕が疑われる橋では詳細調査が出る確率が構造的に高くなります。定期点検の全体像を組む段階で、点検の費用だけでなく詳細調査の費用と工程を別枠で置いておくと、判定が出てから慌てずに済みます。
3つめは前回の記録を先に用意することです。㉕は今回だけ見ても判断が難しく、前回の寸法・写真との比較が判断材料になります。点検の着手前に前回調書の該当ページを揃えておくことは、追加の費用がほとんどかからないのに精度に効く数少ない準備です。
よくある質問
沈下・移動・傾斜の損傷程度は、どの区分で評価しますか。
aとeの2区分だけです。橋梁定期点検要領(平成31年3月)の付録-2は、㉕沈下・移動・傾斜について「損傷程度の評価区分は,下表の一般的状況を参考にして定性的に行うことを基本とする。」としたうえで、aを「損傷なし」、eを「支点(支承)又は下部構造が,沈下・移動・傾斜している。」と定め、b・c・dはいずれも「-」としています。程度の目盛りが用意されていないため、どのくらい沈んでいるのかという情報は評価区分ではなく損傷図の寸法として残すことになります。
対象は下部構造だけですか。支承は含まれますか。
支承も含まれます。付録-1の㉕は【一般的性状・損傷の特徴】を「下部構造又は支承が沈下,移動又は傾斜している状態をいう。」としており、付録-2のeの文言も「支点(支承)又は下部構造が,沈下・移動・傾斜している。」です。ただし支承部については⑯支承部の機能障害という別の損傷種類があり、付録-1の㉕は「遊間の異常や伸縮装置の段差,支承部の機能障害などの損傷を伴う場合には,別途,それらの損傷としても扱う。」としています。どちらか一方を選ぶのではなく、両方で記録する関係です。
橋の上からしか見ていないのに、下部構造の異常が分かるのですか。
手がかりは橋面に出ます。付録-1の⑬遊間の異常は【所見を記載する上での参考】で、伸縮装置の代表的な損傷原因の例として「下部構造の沈下・移動・傾斜」を挙げています。⑭路面の凹凸でも、伸縮装置の損傷原因の例として「支承の沈下,セットボルトの破損によるうき上がり」が挙げられています。遊間が左右で極端に違う、伸縮装置に段差がある——こうした橋面側の異常は、下部構造側の変位が原因である可能性を示すサインとして要領に位置づけられています。
目視では確認できないときは、どの対策区分になりますか。
詳細調査の区分が想定されています。付録-1の㉕は判定区分S1、S2について「他部材との相対的な位置関係から下部構造が沈下・移動・傾斜していると予想されるものの,目視でこれを確認できない状況などにおいては,詳細調査を実施することが妥当と判断できる場合がある。」としています。見えないから健全とするのではなく、予想されるが確認できない状態そのものを詳細調査に送る、という整理です。
緊急対応(E1・E2)はどう分かれますか。
誰に対する危険かで分かれます。付録-1の㉕は、判定区分E1について「下部構造が大きく沈下・移動・傾斜しており,構造安全性を著しく損なう状況などにおいては,緊急対応が妥当と判断できる場合がある。」とし、判定区分E2について「下部構造の沈下に伴う伸縮装置での段差により,自転車やオートバイが転倒するなど道路利用者等へ障害を及ぼす懸念がある状況などにおいては,緊急対応が妥当と判断できる場合がある。」としています。E1は橋そのものの安全性、E2は第三者被害という軸です。
原因として何が想定されていますか。
付録-1の㉕の【所見を記載する上での参考】は、損傷箇所を「支承,下部構造」とし、代表的な損傷原因の例として「路面の不陸による衝撃力の作用」「側方流動」「流水による洗掘」「地盤の圧密沈下」「盛りこぼし橋台の盛土の変状」「盛りこぼし橋台の盛土擁壁等の移動・傾斜」「盛りこぼし橋台基礎の支持力の低下」を挙げています。懸念される構造物への影響の例は「沈下,移動,傾斜による他の部材への拘束力の発生」です。洗掘そのものは㉖という別の損傷種類として扱われます。