橋梁の定期点検の成果品のうち、損傷図は健全性の診断や補修計画の土台になる中核的な様式です。多くの自治体の点検調書では損傷図を「調書(その5)」等と呼ぶ運用が定着しており、現場でも「その5」という呼び名で通じることが少なくありません。
一方で、様式番号や記入ルールは道路管理者・要領の版によって異なります。さらに損傷図は、損傷写真や損傷程度の評価記入表との整合が求められるため、発注者検査で指摘(手戻り)が発生しやすい成果品でもあります。
この記事では、損傷図の位置づけと様式番号の変遷、作図前の準備、作図の基本要素、整合性チェック、よくある指摘事項、そして作図工数の実態と効率化の方向性までを、実務目線で順に整理します。
- 「損傷図(その5)」という様式番号は管理者の様式によって異なる(国の直轄要領では平成31年版「その9」→令和6年7月版「その3-1」)
- 作図の基本は、損傷の種類(記号)・損傷程度(a〜e)・旗揚げ・写真番号の対応と、凡例の統一
- 品質チェックの中心は、損傷図・損傷写真・損傷程度の評価記入表の3点が矛盾しないこと、前回点検からの進行が追えること
- 点検費用は現場よりも準備・取りまとめの机上作業の比重が大きく、作図の効率化余地が大きい
損傷図とは:点検調書の中でどの様式か
損傷図とは、定期点検で把握した損傷の位置・種類・程度を、橋梁の側面図・平面図・断面図などの図面上に記号と旗揚げ(引出し線)で示した図です。損傷写真、損傷程度の評価記入表とセットで、健全性の診断の根拠を第三者が検証できるようにする記録であり、次回点検で損傷の進行を比較する際の基礎資料にもなります。点検・診断・措置の内容の記録と保存は道路法施行規則で義務付けられており、損傷図はその実務上の中核をなす様式の一つです。
注意したいのは、「その5」という様式番号が全国共通ではないことです。多くの自治体の点検調書では損傷図を「調書(その5)」等と呼ぶ運用が定着していますが、国土交通省(直轄)管理橋梁向けの「橋梁定期点検要領」(国道・技術課)では、様式番号が版によって次のように変遷しています。
| 直轄「橋梁定期点検要領」の版 | 損傷図 | 損傷写真 | 損傷程度の評価記入表 | 評価結果総括 |
|---|---|---|---|---|
| 平成31年3月版(データ記録様式) | その9 | その10 | その11・12 | その13 |
| 令和6年7月版(データ記録様式) | その3-1 | その3-2 | その3-3 | その3-4 |
つまり、損傷図の呼称・様式番号は管理者の様式によります。実務では、管理者が定める要領・マニュアルと発注仕様書の様式指定を最初に確認することが出発点です。
作図に入る前の準備
損傷図の品質は、作図ソフトの操作よりも、着手前の準備で大半が決まります。最低限、次の3点をそろえてから作図に入ります。
- 径間番号・部材番号・要素番号の整理:損傷の位置は「どの径間の、どの部材の、どの要素か」で特定します。番号の付け方は管理者の要領によるため、前回点検と同じ体系にそろえることが進行比較の前提になります。
- 一般図・構造図の入手:損傷図の下敷きになる図面です。竣工図がない古い橋では現地採寸やスケッチから下図を起こす必要もあるため、図面の有無は現地踏査前に確認します。
- 前回点検調書の入手:前回の損傷図・損傷写真・評価と、既往の補修履歴を確認します。前回損傷の位置と程度を頭に入れてから現場に入ると、進行の有無の確認や撮影の抜け漏れ防止にも効きます。
これらは点検費用の中で大きな比重を占める「準備段階」の作業です。ここで番号体系や図面の不備を放置すると、作図段階での手戻りとして跳ね返ってきます。
作図の基本要素
損傷図に盛り込む基本要素は、おおむね次の6つに整理できます。それぞれの役割と実務上の注意をまとめます。
| 基本要素 | 内容 | 実務の注意 |
|---|---|---|
| 損傷の種類(記号) | 腐食・ひびわれ・剥離・鉄筋露出などの損傷種類を、様式の凡例に従い記号で表記する。直轄要領では26種類の損傷が定義されている | 管理者様式の記号体系に従う。自己流の略記号を混ぜない |
| 損傷程度(a〜e) | 直轄「橋梁定期点検要領」では、損傷ごとにa(損傷なし)〜e(損傷が著しい)の評価基準が定められている(多くの自治体が準用) | 旗揚げに損傷種類と併記する。評価根拠(幅・範囲)とセットで示す |
| 旗揚げ(引出し線) | 損傷位置から引出し線を出し、損傷の種類・程度・寸法・写真番号などを記載する | 線の交差・文字の重なりを避け、判読性を最優先にする |
| 寸法・位置 | ひびわれの幅・長さ、剥離の範囲など、程度評価の根拠となる定量情報 | 数値には単位を必ず付す。位置は要素番号と図上の両方で追えるように |
| 写真番号 | 損傷写真台帳の写真番号と対応付ける | 図と台帳で1対1対応させる。番号の振り直し時は両方を同時に更新 |
| 凡例 | 使用した記号・線種・程度表記の一覧 | 調書全体で統一する。凡例にない記号を図中に使わない |
なお、損傷程度のa〜eは「損傷の外観上の程度」の客観的な記録であり、橋全体に対して行う健全性の診断(判定区分Ⅰ〜Ⅳ)とは別のレイヤーです。a〜eが自動的にⅠ〜Ⅳに変換されるわけではありません。また、コンクリート部材のひびわれの程度評価は最大ひびわれ幅と最小ひびわれ間隔の組合せで決まるため、幅の測り方・書き方はひび割れ幅の評価基準(0.2mm・0.3mmの意味)もあわせてご確認ください。
作図ルールと整合性チェック
損傷図単体の見栄えよりも重要なのが、調書全体としての整合性です。チェックの柱は次の2つです。
第一に、損傷図・損傷写真・損傷程度の評価記入表の3点が矛盾しないことです。損傷図の旗揚げに書いた損傷種類・程度・写真番号は、写真台帳の記載、評価記入表の記載と一致していなければなりません。1箇所を修正したら必ず3様式すべてに反映する運用をルール化しておくと、不整合の大半は防げます。
第二に、前回点検からの進行が追えることです。前回の損傷は消さずに引き継ぎ、新規発生・進行・補修済みが区別できる表記にします。要素番号の体系や図の向き・縮尺を前回とそろえておくことも、進行比較を成立させる条件です。ここが崩れると記録が単発化し、劣化の傾向を読むという定期点検本来の目的を果たせません。
提出前の実務としては、写真番号の突合表を作って機械的に照合すること、作図者本人以外の目でクロスチェックすることの2つが有効です。
よくある指摘事項
発注者検査や社内照査で指摘されやすいポイントを、一般論として挙げます(具体の判断基準は管理者・発注者によります)。
- 写真番号の不一致:損傷図の旗揚げの写真番号と写真台帳の番号がずれている。台帳側で写真の差し替え・追加をした際に発生しやすい典型例です。
- 旗揚げの重なりで判読不能:桁端部など損傷が密集する箇所で、引出し線が交差して読めない。部分詳細図に分ける、記載順のルールを決めるなどで回避します。
- 程度評価の根拠が読み取れない:旗揚げに寸法がない、写真にスケールが写っていない等で、a〜e判定の根拠を第三者が追えない状態。
- 前回損傷の消し込み漏れ・引き継ぎ漏れ:補修済みの損傷が図に残ったまま、逆に前回損傷が消えていて進行が追えない、という両方向の漏れがあります。
- 凡例と図中記号の不統一:径間ごとに記号の使い方が違う、凡例にない記号が図中に登場する等。複数人での分担作図時に起きやすい指摘です。
作図工数の実態と効率化
損傷図の作図を含む「調書の取りまとめ」は、点検費用の中で無視できない比重を占めます。土木学会の構造工学論文集に掲載された費用分析(川西・丸山・三木、2016年)によると、橋長15m未満の橋の定期点検費用は1橋あたり23万〜57万円(消費税込み・近接目視、機関により開きあり)と試算され、その直接人件費の内訳は、準備段階(計画書作成・現地踏査・関係機関協議等)が34〜45%、点検段階が32〜41%、取りまとめ段階(報告書作成・打合せ協議)が17〜26%とされています。つまり、現場の点検そのものと同等以上に、準備と調書の取りまとめという机上作業が費用を占める構造です。※平成23〜27年度の価格調査に基づく試算値で、現在の水準は労務単価の上昇等でこれより高い可能性が高い点に注意してください。
この構造を踏まえると、損傷図まわりの効率化は「現場を速くする」より「机上を軽くする」方向に伸びしろがあります。従来はCAD上で写真を見ながら旗揚げを1本ずつ手作業で起こすのが一般的でしたが、近年は、現場写真をAIで解析してひびわれ等の損傷を検出し、図面への反映や写真台帳との対応付けまでを支援するツールが登場しています。令和6年3月の定期点検要領改定で、状態の把握を「近接目視による場合と同等の評価が行える他の方法」でも行えると明確化されたことも追い風です。ただし、健全性の診断はあくまで「必要な知識及び技能を有する者」である点検技術者の仕事であり、ツールはその根拠資料づくりを支援する位置づけです。費用構造の全体像は橋梁点検の費用相場と内訳で詳しく解説しています。
損傷図の品質は「損傷図・写真・評価記入表の3点整合」と「前回点検からの進行が追えること」で決まります。様式番号(その5等)は管理者により異なるため発注仕様の確認が出発点。工数は現場より机上に偏るため、効率化は作図・整理側から着手するのが定石です。
よくある質問
「損傷図(その5)」という様式番号は全国共通ですか?
共通ではありません。多くの自治体調書で「その5」の呼称が定着している一方、国の直轄要領では平成31年3月版が「データ記録様式(その9)」、令和6年7月版が「その3-1」です。呼称・様式番号は管理者の様式によるため、発注仕様をご確認ください。
損傷程度のa〜eと健全性の診断のⅠ〜Ⅳはどう違いますか?
a〜eは損傷の外観上の程度の客観的な記録、Ⅰ〜Ⅳは構造物の機能への支障に関する診断で、別のレイヤーです。a〜eが自動的にⅠ〜Ⅳに変換されるわけではなく、部材の重要度・損傷位置・進行性を踏まえて点検技術者が診断します。
損傷図はCADで作図しなければなりませんか?
提出形式は管理者の要領・発注仕様によります。一般にはCAD等での作図・電子納品が多く、近年は現場写真のAI解析から作図を支援するツールもあります。いずれも仕様書の様式・納品指定を必ず確認してください。