河川内に橋脚がある橋の点検で、必ず出てくる問いがあります。水面から下は、どこまで見なければならないのか。
洗掘は道路橋定期点検要領で「特定事象」の1つに挙げられており、様式3に該当の有無を記録します。ところが要領本文をどれだけ読んでも、水中をどう確認するのかは一行も書かれていません。令和6年3月の道路橋定期点検要領(技術的助言の解説・運用標準)の全文を確認しても、「水中」「潜水」という語は出てきません。
一方で、実際に水に入って見ようとすると、根拠は点検要領ではなく労働安全衛生法の側に移ります。潜水器を使って水中で行う業務は、免許がなければ就かせてはならない「就業制限業務」だからです。この記事では、洗掘の定義と特定事象としての位置づけ、そして水中を見るときにかかる法令上の要件を、条文を確認しながら整理します。
- 要領の洗掘の定義は「基礎周辺の土砂が流水により洗い流され、消失している状態」。原因を問わず状態で判定する
- 要領は洗掘を「洪水時など定期点検時点の確認だけでは把握が困難な状態の変化が生じる可能性がある現象」と位置づけ、洪水後の確認や予防的措置の検討に触れている
- 要領は水中の見方を定めていない。「近接目視」は触診や打音調査が行える程度の距離に近づくことを想定した規定で、手段は道路管理者の判断による
- 潜水器を用いた水中の業務は労働安全衛生法第61条第1項の就業制限業務(同法施行令第20条第9号)。高気圧作業安全衛生規則第12条により潜水士免許が要る
- 水深10m以上の潜水業務では再圧室の設置または利用できる措置が必要(高圧則第42条第1項)
要領における洗掘の定義
まず用語を確認します。道路橋定期点検要領(技術的助言の解説・運用標準/令和6年3月)は、特定事象の例のなかで洗掘を次のように定義しています(逐語)。
「5)洗掘 基礎周辺の土砂が流水により洗い流され、消失している状態。」
短い一文ですが、押さえるべき点が3つあります。
- 対象は基礎周辺の土砂であり、部材そのものの変状ではない
- 要因は流水と明示されている
- 判定は「消失している状態」という状態で行う
同じ要領は、特定事象の「6)その他」の例として「下部構造であれば、斜面上の基礎の周辺地盤の浸食等」も挙げています。流水によるものが洗掘、それ以外の周辺地盤の浸食は「その他」で拾う、という書き分けです。特定事象そのものの全体像は点検要領の「特定事象」とはで整理しています。
なお、洗掘は損傷の種類(26種類)の側にも㉖として置かれています。橋梁の損傷26種類で扱っているとおり、特定事象と損傷の種類は別の枠組みです。同じ「洗掘」という語が、記録上は2か所に現れることになります。
洗掘が特定事象に入っている理由
なぜ洗掘がわざわざ特定事象に挙げられているのか。要領の解説はその理由を明示しています(逐語)。
「また、洗掘は、洪水時など定期点検時点の確認だけでは把握が困難な状態の変化が生じる可能性がある現象であり、そのような危険性がある場合には、洪水後には必要に応じて状態の確認を行ったり、洗掘の状態によらず予防的な措置の検討が行われることもある現象である。」
他の特定事象(疲労・塩害・アルカリ骨材反応・防食機能の低下)が「時間をかけて進む」性質であるのに対し、洗掘だけは「一晩で状態が変わりうる」性質です。5年に1回の定期点検で見た状態が、次の出水期には成り立っていないことがある、ということになります。
そのため要領が示す対応も他と違います。「洪水後には必要に応じて状態の確認を行ったり」という、定期点検とは別の機会での確認に言及しています。定期点検以外の点検の枠組みについては定期点検だけではない橋梁点検を参照してください。
もうひとつが「洗掘の状態によらず予防的な措置の検討」です。見た結果がどうであれ措置を検討することがある、という書き方になっており、状態を根拠に措置を決めるという定期点検の基本形から一段外れています。把握そのものが難しい現象であることが前提にあります。
要領は水中の見方を書いていない
ここが本題です。要領本文には、水中の状態をどう把握するかの規定がありません。あるのは「近接目視」についての一般的な説明だけです(逐語)。
「なお、法令の近接目視は、状態の把握や性能を評価すべき対象の外観性状が十分に目視で把握でき、必要に応じて触診や打音調査が行える程度の距離に近づくことを想定している。」
水面下にある基礎の周辺地盤に対して、この距離まで近づくとはどういうことか——要領はそれを定義していません。同時に、要領は近接目視以外の手段も否定していません(逐語)。
「このとき、『健全性の診断の区分』の決定において、最も基礎的な根拠情報の一つである状態に関する情報は、必要な知識と技能を有する者が自ら近接目視を行うことによって把握されることが基本とされているが、他の手段による状態に関する情報の把握によっても、最終的に『健全性の診断の区分』の決定が同等の信頼性で行えることが明らかな場合には、必ずしも全ての部材に知識と技能を有する者が近接目視による状態の把握を行わなくてもよい場合もあると考えられ、法令はこれを妨げるものではない。」
さらに要領は、技術的水準の下限についてもこう述べています(逐語)。
「法定点検の一環として行われる、状態の把握や性能の見立てあるいは将来の予測の技術的水準については、必要な知識と技能を有する者が近接目視を基本として得られる情報を元に、概略評価できる程度が最低限度と解釈され、構造解析を行ったり、精緻な測量、あるいは高度な検査技術による状態等の厳密な把握を行ったりすることまでは必ずしも求められているわけではない。」
そして「その方法や内容は道路管理者の判断によることとなる」と締めています。整理すると、水中をどこまでどう見るかは要領が決めておらず、道路管理者が判断する領域だということです。だからこそ、発注仕様書に何を書くかで結果が変わります。
潜水は「就業制限業務」である
実際に人が水に入って見る、と決めた瞬間に、参照すべき法令が変わります。労働安全衛生法第61条第1項はこう定めています(逐語)。
「事業者は、クレーンの運転その他の業務で、政令で定めるものについては、都道府県労働局長の当該業務に係る免許を受けた者又は都道府県労働局長の登録を受けた者が行う当該業務に係る技能講習を修了した者その他厚生労働省令で定める資格を有する者でなければ、当該業務に就かせてはならない。」
この「政令で定めるもの」を受けているのが労働安全衛生法施行令第20条です。第9号に、次の業務が挙げられています(逐語)。
「九 潜水器を用い、かつ、空気圧縮機若しくは手押しポンプによる送気又はボンベからの給気を受けて、水中において行う業務」
橋脚の周りを見る目的であっても、潜水器を用いて送気または給気を受けて水中で行うのであれば、この号に当たります。点検だから軽い、という区別は条文にありません。
必要な資格は高気圧作業安全衛生規則が定めています。第12条は一文です(逐語)。
「事業者は、潜水士免許を受けた者でなければ、潜水業務につかせてはならない。」
免許は都道府県労働局長が、潜水士免許試験に合格した者などに与えます(同規則第52条)。同規則第53条は満18歳に満たない者を欠格事由としています。
罰則も確認しておきます。労働安全衛生法第119条第1号は、第61条第1項の規定に違反したときの法定刑を6月以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金としています。同法第61条第2項により、資格のない者が自ら業務を行うことも禁じられています(第120条第1号)。
これは、作業床を設けられない橋梁点検でロープを使う場合に労働安全衛生規則側の規定がかかるのと同じ構造です。橋梁点検車を使う場合も含め、点検要領には書かれていない要件が、作業の手段を決めた瞬間に発生するという点は共通しています。
潜水業務にかかる規則上の要件
免許だけではありません。高気圧作業安全衛生規則は、潜水業務を行う事業者に具体的な義務を課しています。点検を発注する側が体制と費用を見積もるときに効いてくるものを挙げます。
| 条文 | 義務の内容 |
|---|---|
| 第28条第1項 | 空気圧縮機または手押ポンプで送気するときは、潜水業務従事者ごとに、その水深の圧力下における送気量を毎分60リットル以上とする |
| 第28条第2項 | 圧力調整器を使用させる場合は、毎分40リットル以上の送気を行える空気圧縮機を使用し、送気圧をその水深の圧力に0.7メガパスカルを加えた値以上とする |
| 第33条 | 潜降・浮上のためのさがり綱を備え、使用させる。さがり綱には3メートルごとに水深を表示する木札または布等を取り付ける |
| 第34条第1項 | 潜水前に、潜水器・送気管・信号索・さがり綱・圧力調整器等を点検する |
| 第34条第2項 | 空気圧縮機・手押ポンプは1週、空気清浄装置と水深計は1月、水中時計は3月、流量計は6月、ボンベは6月ごとに1回以上点検する |
| 第34条第3項 | 点検・修理を行ったつど概要を記録し、3年間保存する |
| 第36条 | 送気式・ボンベ給気式では、潜水業務従事者2人以下ごとに1人の連絡員を置く |
| 第37条第1項 | 信号索・水中時計・水深計・鋭利な刃物を携行させる(通話装置で通話できる場合は刃物のみでよい) |
| 第37条第3項 | 携行ボンベ式では、水中時計・水深計・鋭利な刃物のほか、救命胴衣または浮力調整具を着用させる |
| 第38条第1項 | 常時従事する労働者に、雇入れ時・配置替え時・その後6月以内ごとに1回、定期に医師による健康診断を行う |
| 第41条第1項 | 減圧症、呼吸器系・循環器系・耳の疾病など列挙された疾病にかかっている労働者は、医師が必要と認める期間、高気圧業務への就業を禁止する |
実務上の意味を1つだけ取り出すなら、第36条の連絡員です。潜る人だけでは足りず、2人以下ごとに1人の連絡員を配置しなければなりません。連絡員には、潜降・浮上を適正に行わせること、送気の調節を行う者と連絡して必要な量の空気を送気させること、事故時に速やかに連絡することなどが義務づけられています(同条各号)。人員は潜る人数の話ではなく、体制の話になります。
水深10mを超えると要件が増える
同じ潜水業務でも、水深10メートルが1つの線になります。高気圧作業安全衛生規則第42条第1項です(逐語)。
「事業者は、高気圧業務(潜水業務にあつては、水深十メートル以上の場所におけるものに限る。)を行うときは、高圧室内業務従事者又は潜水業務従事者について救急処置を行うため必要な再圧室を設置し、又は利用できるような措置を講じなければならない。」
再圧室には、さらに次の義務が伴います。
- 使用する日ごとに、使用開始前に送気設備・排気設備・通話装置・警報装置の作動状況を点検する(第44条第1項第1号)
- 加圧を行うときに純酸素を使用しない(同項第2号)
- 使用したつど、加圧および減圧の状況を記録した書類を作成し5年間保存する(同条第2項)
- 設置時およびその後1月を超えない期間ごとに、送気・排気設備の作動、通話装置・警報装置の作動、電路の漏電の有無、電気機械器具・配線の損傷その他異常の有無を点検し、結果を3年間保存する(第45条)
また第27条により、水深10メートル以上の潜水業務については作業計画に関する規定(第12条の2)が準用されます。準用にあたっては、読み替えの表に従って「加圧を開始する時から減圧を開始する時まで」が「潜降を開始させる時から浮上を開始させる時まで」に、「最高の圧力」が「最高の水深の圧力」に、といった置き換えが行われます。作業計画をあらかじめ定め、関係労働者に周知させることが条文上の義務です。
河川内の橋脚で水深10メートルを超える現場は限られますが、ダム湖や大河川の橋では現実的な話になります。水深を先に確認しないと、必要な体制が見積もれません。
発注と工程にどう織り込むか
ここまでを踏まえると、洗掘の確認を点検業務にどう入れるかは、次の順で決めることになります。
- その橋の基礎が水中にあるかを、橋梁台帳と現地の状況から確定させる(橋梁台帳に河川内の橋脚の有無が記録されていれば早い)
- どの手段で状態を把握するかを道路管理者として決める。要領は手段を指定していないので、ここが仕様書に書くべき事項になる
- 人が潜る手段を選ぶなら、潜水士免許・連絡員・健康診断・機材の定期点検・(水深10メートル以上なら)再圧室を体制と費用に織り込む
- 潜らない手段を選ぶなら、その手段で「同等の信頼性」が得られると言える根拠を所見に残す。要領が「同等の信頼性で行えることが明らかな場合には」と条件を付けているためです
- 結果を特定事象「洗掘」の該当の有無として様式3に記録する。あわせて、出水期後の確認や予防的措置を検討するかどうかの見解を所見に書く
4番目が実務上いちばん抜けやすい箇所です。手段を変えること自体は要領が認めていますが、認めているのは「同等の信頼性で行えることが明らかな場合」に限られます。手段を変えた事実だけを書いて、同等性の根拠を書かないと、記録として不十分になります。点検支援技術を使う場合の記録の考え方は点検支援技術の使い方にまとめています。
そして、洗掘は5年待てない現象だという要領の位置づけに戻ります。定期点検の結果をそのまま5年間の前提として扱わず、出水期の後に何をするかまでを所見に書いておくことが、この特定事象に固有の対応になります。健全性の診断の区分そのものの決め方は健全性の診断区分を、判定後の措置の考え方は対策区分の判定と使い分けをご覧ください。
よくある質問
定期点検で、水中部は必ず見なければなりませんか?
道路橋定期点検要領(技術的助言の解説・運用標準/令和6年3月)は、水中部の状態の把握方法について具体的な規定を置いていません。要領は「近接目視、または近接目視による場合と同等の評価が行える他の方法により収集すること」とし、その方法や内容は「道路管理者の判断によることとなる」としています。どこまで確認するかは、対象の橋の構造条件や立地環境を踏まえて道路管理者が決める領域です。
点検のために潜るのにも潜水士免許は必要ですか?
必要です。労働安全衛生法施行令第20条第9号は「潜水器を用い、かつ、空気圧縮機若しくは手押しポンプによる送気又はボンベからの給気を受けて、水中において行う業務」を就業制限業務としています。目的が点検であるかどうかで区別する規定はありません。高気圧作業安全衛生規則第12条は「事業者は、潜水士免許を受けた者でなければ、潜水業務につかせてはならない」と定めています。
潜る人が1人なら、体制も1人でよいですか?
いいえ。高気圧作業安全衛生規則第36条は、空気圧縮機・手押ポンプによる送気式、またはボンベ(携行させたものを除く)からの給気式で潜水業務を行うときに、潜水業務従事者2人以下ごとに1人の連絡員を置くことを義務づけています。連絡員には潜降・浮上を適正に行わせること、送気の調節を行う者との連絡、事故時の速やかな連絡などを行わせなければなりません。
水中ドローンなど、人が潜らない方法で代えられますか?
要領は手段を限定していません。ただし「他の手段による状態に関する情報の把握によっても、最終的に『健全性の診断の区分』の決定が同等の信頼性で行えることが明らかな場合には」という条件を付けています。手段を変える判断そのものは道路管理者に委ねられていますが、同等の信頼性が得られると言える根拠を記録に残しておくことが前提になります。特定の機器の適否については、要領が個別に定めているものではありません。
洗掘は損傷の種類と特定事象のどちらで記録するのですか?
両方に現れます。洗掘は損傷の種類(26種類)の㉖として位置づけられている一方、特定事象の例としても「基礎周辺の土砂が流水により洗い流され、消失している状態」と定義されています。損傷の種類は把握した変状を分類するための枠組み、特定事象は次回定期点検までの状態の変化を推定するための枠組みで、目的が異なります。記録上どちらにどう書くかは要領の様式に従ってください。
洗掘が確認されなければ、次の点検まで何もしなくてよいですか?
要領は、洗掘について「洪水時など定期点検時点の確認だけでは把握が困難な状態の変化が生じる可能性がある現象」とし、「そのような危険性がある場合には、洪水後には必要に応じて状態の確認を行ったり、洗掘の状態によらず予防的な措置の検討が行われることもある現象である」と述べています。点検時点で確認されなかったことは、次回まで状態が変わらないことを意味しません。出水期後の対応方針を所見に残しておくことが実務上の備えになります。
水深が浅ければ、規則の要件はかかりませんか?
再圧室に関する第42条第1項は「潜水業務にあつては、水深十メートル以上の場所におけるものに限る」と対象を限定していますが、潜水士免許(第12条)、送気量(第28条)、さがり綱(第33条)、設備等の点検と記録(第34条)、連絡員(第36条)、携行物(第37条)、健康診断(第38条)などには水深による限定がありません。浅い場所でもこれらの規定は適用されます。