5年に1回の定期点検を、毎年ばらばらに単発で発注している。受注者は年度ごとに変わり、前回の所見も写真の撮り方も引き継がれない。契約手続きに時間を取られ、実際に現場へ入れるのは秋以降になる。この詰まりの原因は点検の技術ではなく、予算の年度の切れ目にあります。
複数年で発注したい、という話になると必ず「単年度主義があるから無理」と返ってきます。しかし地方自治法は、単年度主義を定めた同じ章のなかに継続費・繰越明許費・債務負担行為という3つの仕組みを置いています。この記事では、その3つを条文で読み分け、点検業務にどれが向くのかを整理します。
- 単年度主義の条文は地方自治法第208条。ただし同法は例外の枠を自分で用意している
- 継続費(第212条)=経費の総額と年割額を予算で定め、数年度にわたって支出する
- 繰越明許費(第213条)=当年度に終わらない経費を翌年度へ繰り越す。複数年契約の道具ではない
- 債務負担行為(第214条)=将来年度の支出を約束する行為に予算で枠を与える。点検の複数年発注はこれが基本
- いずれも予算の一部(第215条の7項目)なので、議会の議決を経る。年度をまたぐ発注は予算編成のスケジュールに乗せる話になる
単年度主義はどこに書いてあるか
根拠は地方自治法(昭和22年法律第67号)第208条です。見出しは「(会計年度及びその独立の原則)」で、2つの項からなります。
「普通地方公共団体の会計年度は、毎年四月一日に始まり、翌年三月三十一日に終わるものとする。」(第1項)
「各会計年度における歳出は、その年度の歳入をもつて、これに充てなければならない。」(第2項)
この第2項が、いわゆる会計年度独立の原則です。ある年度の支出は、その年度の収入でまかなう。だから翌年度に支払う約束を勝手に結ぶことはできない、という建て付けになっています。
ただし条文は「複数年契約をしてはならない」とは書いていません。書いてあるのは歳出と歳入を同じ年度で対応させることだけです。そのうえで同法は、この原則と両立する形で年度をまたぐ枠を3つ用意しています。
年度をまたぐ3つの枠
第212条から第214条までが、その3つです。
| 枠 | 条文 | 何を予算で定めるか | 使う場面 |
|---|---|---|---|
| 継続費 | 第212条 | 経費の総額と年割額 | 1つの事業を数年かけて仕上げる |
| 繰越明許費 | 第213条 | 翌年度に繰り越す経費 | 当年度に終わらない見込みが立った |
| 債務負担行為 | 第214条 | 事項・期間・限度額 | 将来年度の支出を約束する |
継続費の条文はこうです。「普通地方公共団体の経費をもつて支弁する事件でその履行に数年度を要するものについては、予算の定めるところにより、その経費の総額及び年割額を定め、数年度にわたつて支出することができる。」(第212条第1項)。第2項が「前項の規定により支出することができる経費は、これを継続費という。」と受けています。ポイントは年割額まで予算で決めることです。
繰越明許費は性格が違います。「歳出予算の経費のうちその性質上又は予算成立後の事由に基づき年度内にその支出を終わらない見込みのあるものについては、予算の定めるところにより、翌年度に繰り越して使用することができる。」(第213条第1項)。対象は当年度の歳出予算で、はじめから複数年で発注するための枠ではありません。地方自治法施行令第146条第2項は、繰り越したときは「翌年度の五月三十一日までに繰越計算書を調製し、次の会議においてこれを議会に報告しなければならない」と定めています。
債務負担行為は、残りを全部拾う書き方になっています。「歳出予算の金額、継続費の総額又は繰越明許費の金額の範囲内におけるものを除くほか、普通地方公共団体が債務を負担する行為をするには、予算で債務負担行為として定めておかなければならない。」(第214条)。つまり上の2つに当てはまらない将来の支出の約束は、すべてここに入れるという構造です。
点検業務に向くのはどれか
3つを点検業務に当てはめると、答えははっきりしています。
継続費は「その履行に数年度を要するもの」が対象です。橋の架け替え工事のように、1つの成果物を数年かけて完成させる事業になじみます。一方、定期点検は各年度でその年の点検が完結する役務の積み重ねです。年割額を予算で固定すると、その年に何橋やるかを先に固めることになり、現場の事情で順番を入れ替える余地が減ります。
繰越明許費は、年度末に点検が終わらなかったときの受け皿です。複数年契約の設計には使えません。
残るのが債務負担行為です。事項・期間・限度額を予算で定めれば、翌年度以降の支出を約束したうえで契約を結べます。年割額を固定しないため、点検のように年度ごとの出来高が動きうる業務と相性がよく、実務上はこれが基本形になります。
この効き目がいちばん出るのは、点検の担い手が薄い地域です。毎年の入札で受注者が入れ替わると、前回の所見を読み解くところから毎年やり直しになります。担い手側の事情は橋梁点検の担い手不足:背景と現実的な対策で扱っています。3巡目の点検計画を立てるときも、年度の割り振りに自由度があるかどうかで組み方が変わります(橋梁の3巡目定期点検はいつまで?スケジュールと優先順位の立て方)。
予算書のどこに載るか
3つとも予算の一部です。地方自治法第215条は、予算が次の7つの定めから成るとしています。
- 歳入歳出予算
- 継続費
- 繰越明許費
- 債務負担行為
- 地方債
- 一時借入金
- 歳出予算の各項の経費の金額の流用
債務負担行為は第4号で、歳入歳出予算とは別立てです。予算書では事項・期間・限度額を並べた表として載ります。さらに地方自治法施行令は、予算に添える書類のひとつとして「債務負担行為で翌年度以降にわたるものについての前年度末までの支出額又は支出額の見込み及び当該年度以降の支出予定額等に関する調書」を求めています。過去に設定した枠がいくら消化されたかを、毎年議会に見せる仕組みです。
実務上の意味は明快です。複数年で発注したいなら、契約の話ではなく予算編成の話として、前年の夏から秋の段階で財政部局に上げておく必要があるということです。年度が明けてから「今年から3年契約にしたい」と言っても枠がありません。財源そのものの組み立ては道路メンテナンス事業の財源まとめ:個別補助と交付金の使い分けにまとめています。国の中期的な計画との関係は国土強靱化実施中期計画とは?点検・修繕の財源を参照してください。
発注方式との組み合わせ
債務負担行為はあくまでお金の枠です。誰にどう出すかという発注方式は別の話で、両方を組み合わせて初めて形になります。
- 包括的民間委託と組む。点検・修繕・清掃などを束ねて複数年で任せる方式で、枠がなければ成立しません。詳しくは包括的民間委託とは?点検・修繕を複数年で束ねる維持管理の発注方式
- 地域一括発注と組む。複数の市町村の橋をまとめて発注する方式で、都道府県や国の支援制度と接続します(直轄診断・修繕代行・地域一括発注)
- 総合評価落札方式と組む。価格だけで決めない仕組みは、複数年で品質を担保したい場面ほど効きます(点検業務を価格だけで発注しない)
- 群マネ・連携協力道路制度と組む。自治体をまたいで管理をまとめる枠組みで、予算の枠と権限の枠は別々に設計する必要があります(群マネとは?/連携協力道路制度とは?)
複数年で束ねると、受注者が業務の一部を他社に出す場面も増えます。どこまで出せるかは点検業務の再委託のルールで決まるので、契約前に確認しておいてください(点検業務は再委託できるのか?主たる部分と軽微な部分)。
期間と限度額をどう決めるか
枠を取ること自体は難しくありませんが、長く取るほど将来年度の予算を拘束します。点検業務で設計するときの考えどころを4つ挙げます。
- 点検のサイクルと合わせる。法定点検は5年に1回が基本なので、5年で1巡する設計にすると年度ごとの物量が平準化します。対象施設の範囲は道路の法定点検「5施設」と5年ルールで確認してください
- 限度額は積算の根拠とセットで持つ。期間が長いほど、単価の変動や新技術の導入で費用構造が動きます。費用の考え方は橋梁点検の費用相場と内訳に整理しています
- 点検と措置を切り分ける。点検の結果に応じて修繕の量が決まるため、両方を同じ枠に入れると見積りの幅が大きくなります。長寿命化修繕計画との対応づけは橋梁長寿命化修繕計画とは?を参照してください
- 途中でやめられる条件を契約に書く。枠は予算で取りますが、実際の履行は契約です。年度ごとの出来高確認と、継続しない場合の扱いを最初に決めておきます
年度の切れ目は、点検の技術とは無関係な理由で現場を止めています。だからこそ、ここは技術で解く問題ではなく予算編成の段取りで解く問題です。前年の予算要求の時期に1回動くだけで、翌年からの発注の形が変わります。
よくある質問
点検業務を複数年契約にすることはできますか。
できます。地方自治法第208条は「普通地方公共団体の会計年度は、毎年四月一日に始まり、翌年三月三十一日に終わるものとする」「各会計年度における歳出は、その年度の歳入をもつて、これに充てなければならない」と定めていますが、同法は同時に継続費(第212条)、繰越明許費(第213条)、債務負担行為(第214条)という仕組みを用意しています。いずれも予算で定めるものなので、議会の議決が前提です。点検業務のように毎年度の役務が積み上がる契約では、実務上は債務負担行為を使う形が一般的です。
債務負担行為と継続費は何が違いますか。
継続費は地方自治法第212条で「その履行に数年度を要するもの」について「その経費の総額及び年割額を定め、数年度にわたつて支出することができる」とされているもので、1つの事業を数年かけて仕上げる場合の仕組みです。債務負担行為は第214条で「歳出予算の金額、継続費の総額又は繰越明許費の金額の範囲内におけるものを除くほか、普通地方公共団体が債務を負担する行為をするには、予算で債務負担行為として定めておかなければならない」とされており、将来年度の支出を約束する行為そのものに枠を与えます。年割額まで予算で固定するかどうかが、運用上の大きな違いです。
繰越明許費で複数年契約にできますか。
繰越明許費は複数年契約の道具ではありません。地方自治法第213条は「歳出予算の経費のうちその性質上又は予算成立後の事由に基づき年度内にその支出を終わらない見込みのあるもの」を翌年度に繰り越して使えるようにする制度で、対象は当年度の予算です。地方自治法施行令第146条第2項は、繰り越したときは「翌年度の五月三十一日までに繰越計算書を調製し、次の会議においてこれを議会に報告しなければならない」としています。年度末に点検が終わらなかった場合の受け皿であって、はじめから複数年で発注するための枠ではありません。
債務負担行為は予算書のどこに出てきますか。
地方自治法第215条は、予算が「歳入歳出予算」「継続費」「繰越明許費」「債務負担行為」「地方債」「一時借入金」「歳出予算の各項の経費の金額の流用」の7つの定めから成るとしています。債務負担行為は歳入歳出予算とは別立ての第4号で、事項・期間・限度額を定める形になります。加えて地方自治法施行令は、予算に添える書類として「債務負担行為で翌年度以降にわたるものについての前年度末までの支出額又は支出額の見込み及び当該年度以降の支出予定額等に関する調書」を求めています。
複数年にすると、単年度発注より何が良くなりますか。
点検の担当者と現場の知識が年度で切れない点です。単年度発注では毎年入札のたびに受注者が変わりうるため、前回の所見や写真の撮り方が引き継がれません。また年度当初は契約手続きに時間がかかり、実際に現場に入れる期間が短くなります。複数年で枠を取れば、履行期間を年度末に寄せずに配置でき、点検と措置の順番も組み立てやすくなります。ただし枠を長く取るほど将来年度の予算を拘束するため、期間と限度額の設定は慎重に行う必要があります。