橋梁の定期点検を外部に委託するとき、「同じ点検なら、いちばん安い会社に頼めばよいのではないか」という声は今も根強くあります。しかし、点検の成果は誰が見ても同じ工業製品ではありません。近接目視でどこまで丁寧に損傷を拾うか、健全性の診断をどこまで的確に下せるか——この質は担当する技術者の力量に大きく左右されます。価格だけで発注先を選ぶと、この質が見えないまま下がっていくおそれがあります。

この論点に制度として答えを出しているのが、品確法(公共工事の品質確保の促進に関する法律)と、その手段のひとつである総合評価落札方式です。本記事は、橋梁点検を発注する市区町村・自治体の担当者に向けて、なぜ価格だけの発注が危ういのか、総合評価落札方式とは何を評価する仕組みか、小規模自治体でも使える簡易型はどう設計されているかを、国土交通省の資料に沿って整理します。点検全体の流れをまず押さえたい方は道路橋の定期点検 完全ガイドもあわせてご覧ください。

この記事の要点
  • 2019年(令和元年)改正の品確法で、法の対象に「調査等(測量・地質調査その他の調査(点検及び診断を含む)・設計)」が明確に位置づけられた。橋梁定期点検業務は品確法の対象
  • 点検の質は近接目視・診断を担う技術者の力量に依存する。最低価格だけの発注はダンピングを招き、目視・診断の質低下や体制弱体化につながりうる
  • 総合評価落札方式は、価格に加えて配置技術者の資格・同種実績・業務実施方針などの技術評価点を審査し、価格と技術を総合して落札者を決める仕組み
  • 小規模自治体向けには事務負担を抑えた「簡易型」があり、既存の実績・業務成績情報を活用して選定できる

点検業務は品確法の対象になった(2019年改正)

品確法は、公共工事の品質を「価格と品質が総合的に優れた調達」で確保することを基本理念とする法律で、平成17年(2005年)に制定されました。2014年(平成26年)改正では、建設業法・入契法とあわせた「担い手3法」の一体改正として、担い手の中長期的な育成・確保、ダンピング防止、多様な入札契約方式の選択などが発注者の責務として明確化されました。

点検の発注にとって決定的だったのは、2019年(令和元年)改正(第三次担い手3法)です。この改正で、法の対象に「調査等(測量、地質調査その他の調査(点検及び診断を含む。)及び設計)」が明確に位置づけられました。つまり橋梁の定期点検業務は、工事と同じように品確法の枠組みで品質を確保すべき対象だということが、法律の文言として据えられたわけです。あわせて、災害対応や働き方改革(適正な工期・休日の確保)、生産性向上も柱に加わりました。

なぜ最低価格だけの発注が危ういのか

点検業務を価格競争のみで発注したときに国土交通省が懸念しているのが、ダンピング(原価を無視した過度な安値受注)です。安値受注は、下請へのしわ寄せ、技術者の賃金低下、体制の弱体化を招き、成果品質の低下や、履行途中での放棄の懸念につながると指摘されています。

橋梁点検にこれを当てはめると、影響は具体的です。点検の肝は近接目視による損傷の把握と、それに基づく健全性の診断にあります(診断の考え方は健全性の判定区分(ⅠからⅣ)とはで整理しています)。ここに十分な人日と経験のある技術者を割けなければ、見落とし・判定の甘さという形で質が落ちます。しかも点検の質の低下は、その場では表に出にくく、次の点検や損傷の進行で初めて顕在化します。だからこそ発注の段階で歯止めをかける必要があるのです。

制度上の歯止めが、最低制限価格制度・低入札価格調査制度の適切な運用による、過度な安値の排除です。国土交通省は、地方公共団体のダンピング対策の「見える化」も進めています。総合評価落札方式は、こうした安値排除と組み合わせて、価格の下限を守りつつ質の高い相手を選ぶための仕組みだと位置づけられます。

総合評価落札方式とは何を評価するか

総合評価落札方式とは、競争参加者に技術提案等を求め、価格だけでなく技術的能力(技術評価点)を審査・評価し、価格と技術を総合して落札者を決める方式です。価格のみで決める「最低価格落札方式」に対する概念にあたります。

方式評価するもの点検業務での向き・不向き
最低価格落札方式価格のみ技術差が出にくい定型業務向け。診断を伴う点検では質の担保が弱い
総合評価落札方式価格+技術評価点配置技術者の力量・実績が成果に効く点検業務に適する

業務向けの総合評価は、国土交通省の総合評価・プロポーザル方式の枠組みで運用され、自治体向けには「地方公共団体向け総合評価実施マニュアル」が用意されています。要は、「安さ」と「その相手にこの点検を任せられるか」を同じ土俵で数値化して比べるのがこの方式の役割です。担い手不足のなかで質を保つ発注手法として、その意義は増しています(背景は点検の担い手不足で整理しています)。

点検業務で評価される技術項目の例

点検業務の総合評価で技術評価点の対象になるのは、主に「誰が」「どんな体制で」「どう実施するか」です。自治体の落札者決定基準の例では、次のような項目が用いられています。

評価の観点具体例
配置予定技術者の資格国土交通省登録技術者資格(橋梁点検業務)、道路橋点検士、技術士、RCCM、土木学会認定技術者 等
同種業務の実績・成績管理技術者・担当技術者の同種業務実績、過去の業務成績評定
業務の実施方針・体制業務実施方針、実施体制、品質管理・安全管理の考え方
地域性地域精通度、災害協定などの社会貢献

資格要件は、点検の質を担保するうえで中核になります。とりわけ「健全性の診断」を行う技術者に求められる要件は、点検要領でも重視されています(資格の全体像は橋梁点検に必要な資格で整理しています)。なお、道路橋点検士の名称・要件は自治体の入札公告例で確認できますが、発行団体公式での詳細は各自でご確認ください。

小規模自治体のための簡易型

「総合評価は事務負担が重く、うちの規模では回せない」という懸念に対して、国土交通省のマニュアルは「簡易型」を用意しています。簡易型は、技術的な工夫の余地が小さい一般的・小規模な業務を対象に、価格競争と同様の事務フローで、過重な事務量を生まないよう設計されています。

具体的には、競争参加資格の確認で用いる施工・業務実績や業務成績評定などの既存情報を活用して落札者を選定でき、新たに重い技術提案書を求めなくてもよい形が取れます。段階選抜や一括審査によって、受注者・発注者の双方の負担を軽減する方法も示されています。「総合評価=重厚長大」という思い込みを外し、自組織の点検の規模に合った型を選ぶことが実務の出発点になります。点検費用そのものの考え方は橋梁点検の費用の考え方もあわせてご覧ください。

出典:公共工事の品質確保の促進に関する法律(品確法)およびその2014年・2019年改正(国土交通省「発注関係事務の運用指針」ほか、mlit.go.jp/tec)、国土交通省「地方公共団体向け総合評価実施マニュアル」、国土交通省「地方公共団体における工事に関するダンピング対策の『見える化』」、国土交通省「橋梁定期点検業務等積算基準(暫定版)令和5年3月」。制度・運用は改正されることがあるため、実務では最新の指針・公告条件をご確認ください。

発注者に課された責務

品確法は、質の高い調達を「発注者の責務」として求めています。総合評価落札方式は、この責務を果たすための手段のひとつにすぎません。運用の基準を定めた「発注関係事務の運用指針」は、発注者に次のような対応を求めています。

責務点検発注での要点
適正な予定価格の設定労務費・保険料等を適切に反映した積算(安値を前提にしない)
適正な工期の設定準備期間・休日・天候を考慮し、無理のない履行期間を確保
ダンピング防止最低制限価格・低入札価格調査制度の適切な運用
履行の確保監督・検査の徹底による成果品質の確保
入札契約方式の選択業務の性格に応じ、総合評価・簡易型などを適切に選ぶ

これらを貫く考え方は一つです。「安く買う」ことではなく「必要な質を確実に買う」ことが発注者の仕事だ、という立場です。点検業務であれば、それは「見落としのない点検と、的確な健全性診断を、次の管理につながる形で残してもらう」ことに他なりません。委託方式の選び方をさらに広く捉えたい方は、複数業務を束ねる包括的民間委託の考え方もあわせて参考になります。

そして、どの発注方式を選んだとしても、最終的に手元に残るべきは「誰が見ても同じ状態が伝わる点検記録」です。近接目視の所見に、損傷の位置・程度を客観的で再現可能な形で添えておくことが、発注方式の違いを超えて点検の質を担保する土台になります。